KORLENS

皐蘭寺(皐蘭湧水)(고란사)

忠清南道 扶余郡 扶余邑 扶蘇路1-25

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KORLENS キュレーション
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白馬江の川岸に位置する皐蘭寺(コランサ)は、百済末期に建てられたものと推定されています。百済の王が休息を取るための東屋だったという説もあれば、百済が滅亡するときに落花岩で身投

Couple
커플

げした三千人の宮女の精神を後世に伝えるために建てられたという説もありますが、皐蘭寺についてのはっきりした記録は残されていません。寺の後方にある岩の間には皐蘭井という井戸があり

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가족

、井戸の上にある岩の間には皐蘭草が生えています。百済の王は1日に1回、皐蘭井から湧き出る水を飲んでいたといわれ、水を汲みに行く家来は、皐蘭草の葉を水に浮かべて皐蘭井で汲んだ水

Solo
솔로

であることを証明しました。 <br> この地は白馬江の美しい景色を観賞するのにこの上なく素晴らしい場所です。白馬江の遊覧船に乗って水上の情趣を楽しむのもよい思い出となるでしょう。

場所の紹介

白馬江の川岸に位置する皐蘭寺(コランサ)は、百済末期に建てられたものと推定されています。百済の王が休息を取るための東屋だったという説もあれば、百済が滅亡するときに落花岩で身投げした三千人の宮女の精神を後世に伝えるために建てられたという説もありますが、皐蘭寺についてのはっきりした記録は残されていません。寺の後方にある岩の間には皐蘭井という井戸があり、井戸の上にある岩の間には皐蘭草が生えています。百済の王は1日に1回、皐蘭井から湧き出る水を飲んでいたといわれ、水を汲みに行く家来は、皐蘭草の葉を水に浮かべて皐蘭井で汲んだ水であることを証明しました。
この地は白馬江の美しい景色を観賞するのにこの上なく素晴らしい場所です。白馬江の遊覧船に乗って水上の情趣を楽しむのもよい思い出となるでしょう。

位置

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オーディオガイド

韓国観光公社 オディ(Odii)による音声解説
皐蘭寺(コランサ)
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台本

古から健康の水が湧き出る場所、皐蘭寺(コランサ) 百済末期に建てられたものと推定されているここ皐蘭寺ですが、王が休息を取るための東屋だったという説や、落花岩(ナクァアム)から身を投げた宮女を慰めるために建てられたなどの説があります。正確な記録は残っていないここ皐蘭寺ですが、ここにはあるエピソードが伝えられています。寺の後方には、皐蘭井(コランジョン)と呼ばれる場所がありますが、ここからは澄んだ水が湧き出ています。この水には、古から、ある時別な力があると伝えられています。 昔々、ある村に仲むつまじい老夫婦が住んでいました。子どもに恵まれなかった老夫婦のもとを、ある日一人の道士が訪ね、こう言います。「皐蘭寺の湧き水を飲むと、若返ることができますよ」――。これを聞いて喜んだおばあさんは、おじいさんに、この湧き水を飲んでくるよう言いました。 おばあさんに言われ山へ向かったおじいさんは、言われた通りに岩の間から湧き出る水を見つけ、湧き水をすくって口にしました。すると、どうでしょう。道士の言った通り、おじいさんは若返り、若き日のたくましい姿を取り戻したではありませんか。うれしくなったおじいさんは、湧き水をゴクゴクと飲みだしました。 その後、何時間が経ったでしょうか。日が暮れても帰ってこないおじいさんを心配したおばあさんは、山におじいさんを探しに出ます。そうして水の湧く場所に辿り着いたおばあさんは、驚いて腰を抜かしました。なんと、おじいさんの服を着たかわいらしい赤ん坊が、横になって泣いているではありませんか。この赤ん坊がおじいさんであることを悟ったおばあさんは、「水一杯で三年若返る」という道士の言葉をおじいさんに伝えなかった自分のことを責めました。その後、おばあさんは赤ん坊を連れて帰り、赤ん坊が百済最高の官位になるまで、誠心誠意を込めて育てたと伝えられています。 そんな逸話の伝わるここ皐蘭寺の湧き水ですが、百済末期の王・義慈(ウィジャ)王も欠かすことなく毎日飲んでいたそうです。義慈王はこの湧き水を飲んで元気な体をつくり、胃腸の病気にもかからなかったと伝えらえています。皐蘭寺の湧き水は、実際にも胃腸の病気に効果的だと言われています。みなさんも澄んだ湧き水を飲んで、健康を祈願してみてはいかがでしょうか。

竪穴式の兵営址
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台本

百済の兵士が戦に備えた場所、竪穴式兵営址 扶蘇山城(プソ・サンソン)からは、百済時代、兵士たちの居住空間として使用された、竪穴式兵営址が三基発見されました。そのうちの第三号住居址は、一辺の長さ4メートル、深さは約90センチメートル前後で、内部には韓国の伝統式床暖房であるオンドル跡も発見されました。また、住居の内部からは金製の鳳凰装飾や、装飾の施された瓦・瓦当など、多くの遺物が出土しました。 現在では展示施設が設けられており、ここから出土した竪穴式兵営址に関する内容を、詳しくご覧になることができます。

泗疵楼(サジャル)
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台本

百済の遺跡が出土した場所、泗疵楼(サジャル) 泗疵楼は、扶蘇山(プソサン)で最も高い場所にある楼閣です。 本来ここには、空に浮かぶ丸い月を楽しんだ場所、送月台(ソンウォルテ)がありました。また、楼閣の泗疵楼も、初めからここにあったものではありませんでした。扶蘇山城から南に15キロメートル行ったところにある地域、林川(イムチョン)には、当時の官庁である林川官衙(イムチョン・グァナ)がありました。この場所を守った正門、背山楼(ペサンヌ)がここ扶蘇山城へと移され、現在の泗疵楼となったのです。 当時の泗疵楼の扁額は、大韓帝国初代皇帝・高宗(コジョン)の王子である、義親(ウィチン)王、李堈(イ・ガン)により書かれたと言われています。一方の側を流れる川の方には、川の名である白馬江(ペンマガン)という文字が記された扁額がかかっていますが、これは有名な書画家である海岡(ヘガン)、金圭鎭(キム・ギュジン)により書かれたものです。 また、この場所では周辺の土を固める工事を行った際、百済時代の瓦や建物の柱を支えた礎石などが発見されました。さらには、鄭智遠(チョン・ジウォン)の名が書かれた、金色に輝く如来立像も出土しました。この金銅釈迦如来立像は、現在、ソウルにある国立中央博物館でご覧になることができます。

宮女祠(クンニョサ)
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台本

扶蘇山城で命を落とした宮女たちを慰める祠、宮女祠(クンニョサ) 扶蘇山城の隣を流れる川、白馬江(ペンマガン)に接する絶壁に、落花岩(ナクァアム)と呼ばれる岩があります。後ほど詳しくご案内しますが、この岩は「花が落ちる岩」と書き、昔、百済の宮女が舞い落ちる花のように身を投げた場所です。 その落花岩から身を投げた多くの宮女たちを慰め、祀るためにつくられたのがここ、宮女の祠と書く宮女祠です。こぢんまりとした素朴な雰囲気の祠は、悲しくも凛々しい姿で命を絶った宮女たちを追悼し、その死を後世まで伝えるために、1966年に建てられました。 百済の宮女たちが生涯を終えたと伝えられる場所、落花岩では、この場所で命を捨てるほかなかった宮女たちの最後の瞬間について、お話しします。

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