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済民川

チュンチョンナム道コンジュ市ムリョンロ201

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済民川(チェミンチョン)は公州市の都心を横切る河川で歴史と文化が共存

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辺緑地や休息空間を確保して市民や観光客が訪れるスポットとなりました。

場所の紹介

済民川(チェミンチョン)は公州市の都心を横切る河川で歴史と文化が共存し、自然と人が調和してテーマとストーリーを秘めた文化空間です。現在は生態河川造成事業により環境にやさしい生きた生態河川として保護され、水辺緑地や休息空間を確保して市民や観光客が訪れるスポットとなりました。

位置

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オーディオガイド

韓国観光公社 オディ(Odii)による音声解説
公州下宿村
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台本

昔、都市の学校の近くには、「下宿」がたくさんありました。地方の生徒たちは都市の学校に留学し、そこで衣食住を解決していたのです。親元を離れ、慣れない土地に住む幼い生徒たちにとって、下宿の小さい部屋は、夢を育む空間であり、毎日お弁当をつくってくれる下宿先のおばさんは、第2の母のような存在でした。 古くから公州は、教育の都として定評がありました。公州大学校と公州教育大学校をはじめとし、公州師範大学附属高校・公州高校・公州女子高校・錦城(クムソン)女子高校・永明高校など、市内だけで高校・大学が10校以上ありました。 公州市でもすぐ横に済民川(チェミンチョン)が流れる班竹洞(パンジュクドン)、中洞(チュンドン)一帯は、特に下宿の多い地域でした。今ではほとんどなくなってしまいましたが、公州市が都市再生事業の一環として造成した公州下宿村は、旧ハニルダン薬局の建物と空き空間をリニューアルオープンしたゲストハウスで、学生時代にノスタルジーを感じる観光客が多く訪れています。 公州下宿村の入り口には、制服姿でおかっぱ頭の女子高生の姿をした小さなオブジェが一番最初に目を引きます。中に入ると、庭を中心に屋根の低い宿泊部屋棟が軒を連ねています。庭には、写真や動画を撮って思い出づくりができる制服姿の少年少女像が立っています。壁には1980年代を代表する歌手の楊姫銀(ヤン・ヒウン)、朴麟姫(パク・ウンヒ)、サヌリムなどのレコードジャケットがかかっており、この時代に青春時代を送った人々に郷愁を呼び起こしています。ねじ巻き式の振り子時計、下宿屋のおばちゃんの手作り料理が入っていた黄色い真鍮製弁当箱も展示されており、当時を思い出させてくれます。 下宿を経験したことのある人にはノスタルジーを感じさせ、若い世代には昔の下宿文化を経験させてくれる面白く珍しい公州下宿村で、公州のユニークな魅力を感じてください。  

済民川(チェミンチョン)
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民を救済するという意味の済民川は、公州市錦鶴洞(クムハクドン)に源流を持ち、錦城洞(クムソンドン)の錦江(クムガン)へと流れる河川です。長年、公州の人々とともにしてきた、暮らしと密接な関りのある川でもあります。 公州の市街地は、済民川を中心に広がっています。公州牧(コンジュモク)官衙(かんが)、忠清(チュンチョン)監営(かんえい)など高麗と朝鮮時代の主要官庁の建物、公州市庁、公州高校、公州女子高生、公州医療院など、公州の近代を切り開いた主要施設がすべて済民川の周辺に建てられました。しかし、忠清南道(チュンチョンナムド)道庁と主要な官庁が大田(テジョン)に移転したことで、公州がかつて忠清南道の中心都市だったことも、今は薄れてしまいました。 人や物資、商業施設がこの地を離れたことで、済民川周辺の旧都心は、まるで時が止まったかのように衰退しました。一時は済民川には蚊が集まり、悪臭を放ち、雨が降らないと流れない川になってしまいました。ですが、河川整備事業が始まったことで生態河川として生まれ変わりました。済民川の上流に様々な生き物が生きる湿地や沈殿池が作られたことで、自然と浄化された水が済民川に流れたのです。川沿いには遊歩道が作られました。澄んだ水が流れると、魚と鳥が戻り、人々も多く訪れるようになりました。川辺にはゲストハウスや独立書店、個性あふれるカフェ、工房、ギャラリーが軒を連ね、週末になると様々な文化イベントが開かれています。 時間が止まっていた旧都心が、時間の痕跡を辿る公州の文化の中心地へと生まれ変わった済民川は、公州の文化と生態が共存する新しいスポットです。

トンボが遊んでいった路地
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済民川と旧都心の新作路を結ぶこの路地は、公州郡農協をはじめ、近隣の中洞(チュンドン)小学校、湖西(ホソ)劇場、公州醸造所、第一銀行、公州道立病院などが建ち並んだ賑わいのある路地でした。忠清南道道庁が大田(テジョン)に移転する前までは、公州の中心地だったのです。 毎朝登校する子どもたちの声、午後には路地で子どもたちが走り回る騒々しい音、夕方遅い時間まで家に帰らないと大声で子どもたちの名前を呼ぶ母親の声でいっぱいだった路地が、いつの間にか寂れて静まり返ってしまいました。 昔の路地を覚えていて、蘇らせたいと思った公州市民が集まり、「トンボが遊んでいった路地」という路地再生プロジェクトを始めました。「トンボが遊んでいった路地」の名を知らしめたのは、1964年に建てられた家を改修してつくられたカフェ「ルチアの庭」です。日常の生活空間を地域の歴史と文化が生きる美しく快適な空間に変えたという評価を受け、大韓民国空間文化大賞を受賞しました。 「ルチアの庭」ができたことで古くて寂しい路地に活気が戻り、織物工場をそのまま活かして作られたカフェ、廃屋を改造して作られたゲストハウスなど、多様な文化施設ができ、感性豊かな路地になりました。クモの巣のようにつながっている路地に伝わる様々な物語に耳を傾け、トンボが遊んでいった路地の魅力を思う存分感じてください。  

公州近代歴史映像館(旧・公州邑(コンジュウプ)事務所)
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忠清南道の中心だった公州には、近代の建造物がたくさん残っています。旧・公州邑事務もその一つです。日本による植民地時代の1923年に、忠清南道金融組合会事務所として建てられたレンガ造りの、シンプルな左右対称の長方形建物で、花崗岩の円柱4本が配置されており、エンタシスの柱を取り入れ、壮大さを強調しています。 1932年、忠清南道金融組合会が大田に移転し、1985年まで公州邑事務所として使用されましたが、1986年に公州邑が公州市に昇格したことで、市庁舎として使われました。1989年に現在の公州市庁の新庁舎が完成すると、民間に売却され、美術教室などとして利用されました。 波乱万丈な歴史を辿った旧・公州邑事務所は、2008年になってようやく、公州を代表する近代建築文化財としての価値が認められ、2009年に国家登録文化財「旧・公州邑事務所」に登録されました。その後、様々な試みを経て公州の歴史の「記憶貯蔵庫」である公州近代歴史映像館としてオープンしました。 現在、ここは様々なデジタル映像記録が展示されています。1階では様々なテーマの公州の物語を、デジタル映像で見ることができます。映像では、百済から現在に至るまで、公州の長い歴史が描かれています。2階は、邑事務所を再現したフォトスポットと休憩空間で構成されていますが、特に時代別に展示されている公州市民の写真記録が人々の注目を集めています。 公州近代歴史映像館は、100年前の公州の近代史を覗くことができる文化財であり、建造物に込められた意味と価値が現代になって再びスポットライトが当てられた公州の近代文化遺産です。

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