全州豊南門
チョンブク特別自治道チョンジュ市ワンサン区プンナムムン3ギル1
4つの視点で見るこの場所
KORLENS キュレーション豊南門(ナンプンムン)は旧全州邑城の南側門で、丁酉再乱の際に破壊されたものを1734年に城郭と城門を建て直し明見楼と呼んで
いたものです。「豊南門」という名称は1767年に火災に遭い、観察使ホン・ナギンが1768年に再建し名づけました。純宗の時代
、都市計画により城郭と城門が撤去され、豊南門も多くの損傷を受けました。その後1978年から始まった3年間の補修工事で昔の姿
を取り戻しました。規模は1階が前面3間・側面3間、2階が前面3間・側面1間で、屋根は側面から見ると八の字型をした入母屋造。
場所の紹介
位置
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韓国観光公社 オディ(Odii)による音声解説台本
全州(チョンジュ)旅行の始まりを告げる門、豊南門(プンナムムン) 「美」と「味」の都市、全州へようこそ。全州は、朝鮮を建国した初代王・太祖(テジョ)の本貫が置かれた場所です。本貫とは、韓国において先祖の初代が暮らしていた場所を言います。朝鮮の初代王の先祖が生まれた場所である全州は、現在まで脈々と受け継がれてきた韓国の歴史の始まりの場所とも言えるでしょう。 全州はご存じの通り、ピピンバをはじめとした韓国料理や、韓国伝統の紙・韓紙(ハンジ)、さらには民俗芸能であるパンソリなど、多様な伝統文化が花開いた場所でもあります。随所にその歴史を残し、都市の中心部には伝統家屋・韓屋(ハノク)の並ぶ全州韓屋村(ハノクマウル)が位置していることから、国内外からの多くの観光客で賑わう場所です。 ここ豊南門の門は、そんな全州の入り口と言っても過言ではありません。実際に朝鮮時代には、全州の役所や人々の住まいが集まった城・全州邑城(ウプソン)の南門として使用されていました。その歴史は、朝鮮時代以前の高麗時代末、この一帯に城が建てられた際に建設されたものと推測されています。 その後、この門は朝鮮時代中期に日本との間に勃発した文禄・慶長の役で破壊されてしまいましたが、朝鮮後期の1734年に再建。残念ながら、その約30年後には火災で焼失してしまいます。この火事を受け、全州を管轄していた当時の役人が門を復元しましたが、その後、大韓帝国時代に進められた大々的な都市計画により、城郭と城門が撤去されてしまいました。現存の門は、1978年から3年間に渡って行われた補修工事により、昔の姿で復元されたものです。 豊南門を近くで見上げると、鮮やかで力強い屋根と柱の装飾が非常に印象的です。一階の真ん中の柱の上に、龍の頭が彫刻されているのをご覧いただけるでしょうか。このように、装飾と技巧を惜しみなく使用した点が、朝鮮時代後期の建築の特徴と言えます。 それでは、当時この地域の第一の門であったここ豊南門から、全州旅行を始めていきましょう。雄大な歴史の残る多くのスポットを通して、韓国伝統の美しさを保存してきた全州韓屋村の風情と趣を、心行くまでお楽しみください。
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