경주 인왕동 사지
경상북도 경주시 인왕동
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KORLENS キュレーション경주 인왕동 사지는 인용사의 터로 추정된다.
『삼국유사』에 등장하는 인용사는 태종 무열왕의 둘째 아들인 김인문(629~694)의 안녕을 비는 절이다.
기록에 따르면 고구려 멸망 이후 당나라는 신라까지 정벌하려 하면서 당에 머물고 있던 김인문을 감옥에 가두었다.
신라 사람들은 그의 귀국을 기원하며 관음도량을 열었으나, 효소왕 3년(694)에 김인문이 귀국하던 중에 죽자 그의 극락왕생을 빌며 미타도량으로 바꾸었다.
場所の紹介
位置
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