3.1万歳運動道
テグ広域市チュン区トンサン洞
4つの視点で見るこの場所
KORLENS キュレーションチョンナオンドク(青蘿丘)友達思い歌碑横から市内に下る90階段までは3
·1運動当時に万歳運動を準備していた学生たちが日本軍の監
視を避けて都心に集まるために通った松林の道です。階段道には3&midd
ot;1運動当時の姿をうつした写真が展示され、その意味を増しています。
場所の紹介
位置
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韓国観光公社 オディ(Odii)による音声解説台本
4. 達西門跡(タルソムント) かつて大邱邑城(テグウプソン)の四大門のうち、西側の門であった達西門(タルソムン)は、1906年から1907年にかけて、親日官僚・朴重陽(パク・ジュンヤン)が大韓帝国政府の許可を得ずに日本商人のために大邱邑城を壊した時に共に壊されました。昔、達西門には城郭の上に正面3間、側面2間の八作(パルチャク)屋根を持つ門楼がありました。 達西門があった場所には小さな表示石だけが残っていますが、ここでは元々朝鮮の3大市場のうち一つが開かれ、全国の品物が集まりました。大邱邑城の西門で開かれていたこの市場は、今の「大邱・西門(ソムン)市場」に場所を移し、歴史をつないでいます。
台本
青蘿(チョンラ)丘は大邱(テグ)にキリスト教が根付き、現在の東山(トンサン)医療院が社会に奉仕することで成長したキリスト教の中心地です。ここにはキリスト教を広めるために来韓した宣教師たちの家が多く残されていて、エキゾチックな風景を楽しむことができます。 大邱広域市有形文化財第24号に指定され、東山(トンサン)宣教博物館として使われているスウィッツァー住宅は、1910年頃に建てられ、アメリカ人宣教師スウィッツァー(MarthaSwitzer)が住んでいたことで名付けられました。この家は赤レンガと瓦造りという独特な構造で不思議な雰囲気が漂っています。礎石としては、大邱邑城(テグウプソン)の石が使われています。 チャムネス(O.V.Chamnes)住宅は、2002年の補修により文化財としてその原型が復元され、現在は医療博物館として使用されています。博物館では、1890年代から1900年まで使用された医療機器を見ることができます。ここではチャムネス宣教師の後にも多くの宣教師が住み、東山病院を復興させたモペット(Howard F. Moffett)宣教師も住んだことがあります。 チャムネス住宅は、ドラマ『カクシタル』でシュンジ役のパク・ギウンの下宿として登場した場所であり、ドラマ『ラブレイン』でユナが入院した場所でもあります。ドラマや映画などのロケ地として多く利用されるほど美しい外観はもちろん、家のあちこちに古風な装飾や家具が配備されており、当時の生活風景を生き生きと感じ取ることができます。 青蘿丘は、歌曲『思友』の背景としても広く知られています。韓国近代音楽の先駆者・朴泰俊(パク・テジュン)先生が大邱啓聖(ケソン)学校に在学中に秘めていた片思いを歌ったものです。詩人・李殷相(イ・ウンサン)先生が朴泰俊先生から話を聞き、着想を得て詩を書いたのにメロディーを乗せた歌曲です。歌詞でのようにここは緑のツタがあちらこちらで伸びていた青蘿丘であり、百合の花は片思いの相手だった信明(シンミョン)学校の女生徒の喩えだそうです。 〈このガイドは韓国観光公社チェ・ヒョンミンさんの声のプロボノにより録音されました。〉
台本
大邱・3.1万歳運動の歴史を残す、3.1万歳運動の道 朝鮮は1910年、日本帝国の一方的な侵略により、植民地支配下になりました。日本による不当な弾圧がつづいていた1919年3月1日、朝鮮全国の人々は日本帝国に抵抗し、独立を要求するための万歳運動を繰り広げます。ソウル中心部に位置するタプゴル公園には、朝鮮独立の声を上げるために多くの学生や市民たちが集いました。そして、朝鮮独立の必然性と正当性を明らかにする独立宣言書を朗読した後、人々は公園前の道路を「独立、万歳!」と叫びながら、行進しました。 ソウルに始まったこの万歳運動は、3月8日午後、大邱へと続きました。慶北(キョンブク)地域初の万歳運動となったこの運動ですが、その中心には、大邱啓聖(ケソン)学校、信明(シンミョン)女学校、そして現在の慶北高校の前身・大邱高等普通学校に通う若い生徒たちがいました。 決起を起こす四日前、啓聖学校の地下に集まった教師と生徒らは、ソウルからこっそり持ち込んだ独立宣言文を印刷すると共に、韓国の国旗・太極旗をつくります。そして、日本の警察の厳重な監視の目を盗み、これらを3.1運動の集結地・西門(ソムン)市場までどう運ぶか話し合いました。この時、機転を利かせたのは学生たちでした。胸には独立宣言文と太極旗を隠したまま、男子生徒は父親の上着・トゥルマギを纏って商人を装い、女子生徒は洗濯かごを持って、川辺に行くふりをしたのです。そうして彼らは市場までつづく近道を避け、遠回りの道を進みました。第一教会新館の左手に位置する「3・1運動階段」から青羅(チョンラ)丘へとつながるこの道は、3.1運動当時、主役となった大邱の学生たちが日本の警察の目を盗んで移動した場所です。丘から桂山(ケサン)カトリック教会の方向に伸びる90の階段こそ、決起当日、彼らが張り詰めた気持ちで歩いた坂であり、大邱万歳運動を成功に導いた秘密の道なのです。 そうして土曜日の午後2時、生徒らは熱気のこもった市場に集結しました。独立宣言文の朗読と同時に、人々は一斉に立ち上がって声を張り上げ、万歳を叫びながら行進を始めます。性別、身分、年齢の差を超え、多くの人々が参加しました。この結果、万歳運動の主導者をはじめ、たくさんの生徒らが検挙され、刑務所に投獄されてしまいます。それにもかかわらず、大邱万歳運動の熱は冷めることがありませんでした。まるで野原を焼く火が燃え広がるように、この運動は慶北全域へと広がり、二か月の間に、80カ所で90回もの回数を超える万歳運動が起きたのです。 階段の一方の壁には、当時の様子を窺い知ることができる写真が展示されています。反対側には、太極旗で装飾されたフェンスがご覧になれます。まるで、3.1運動の際、生徒たちが隠し持っていた太極旗を連想させるかのようです。 90以上の階段があることで「90階段」とも呼ばれるこの道ですが、段差が高くなく、平らな坂道も併設されているため、歩きやすい道になっています。夏は暑さを冷ます細霧システムが設置されており、日差しに光る小さな虹をご覧になれるかもしれません。朝鮮独立への一筋の光のように輝いた学生たちの熱き眼差しを想いながら、皆さんも歩いてみて下さい。
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