KORLENS

法興洞 固城李氏塔洞派宗宅

キョンサンブク道アンドン市イムチョンガンギル103

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KORLENS キュレーション
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외국인

固城李氏(コソン・イシ)塔洞派(タプトンパ)の宗宅(チョンテク:本家)で、今も固城李氏塔洞派の子孫が暮らしています。朝鮮時代に李後植(イ・フシク/1635-1765)が母屋を建て、その後サランチェ(別棟)や永

Couple
커플

慕堂(ヨンモダン)が彼の孫の元美(ウォンミ/1690-1765)の代に完成しました。永慕堂の北側にある北亭(プクチョン)は李宗周(イ・ジョンジュ)が1775年に建てたものです。もとこの家は新羅時代の古刹・法興

Family
가족

寺があった場所だと伝えられています。現在も家の前に国宝に指定されている新世洞七層塼塔があります。 <br /><br />固城李氏塔洞派宗宅は新世洞七層塼塔と安東臨清閣正枕君子亭の近くにあるので一度に見ること

Solo
솔로

ができます。バスやタクシーを利用し法興地下道前で下車。地下道を渡るとすぐ左に国宝新世洞七層塼塔が見えます。塔の前には固城李氏塔洞派の宗宅があり、宗宅に向かって左側の道を3分ほど歩くと安東臨清閣正枕君子亭です。

場所の紹介

固城李氏(コソン・イシ)塔洞派(タプトンパ)の宗宅(チョンテク:本家)で、今も固城李氏塔洞派の子孫が暮らしています。朝鮮時代に李後植(イ・フシク/1635-1765)が母屋を建て、その後サランチェ(別棟)や永慕堂(ヨンモダン)が彼の孫の元美(ウォンミ/1690-1765)の代に完成しました。永慕堂の北側にある北亭(プクチョン)は李宗周(イ・ジョンジュ)が1775年に建てたものです。もとこの家は新羅時代の古刹・法興寺があった場所だと伝えられています。現在も家の前に国宝に指定されている新世洞七層塼塔があります。

固城李氏塔洞派宗宅は新世洞七層塼塔と安東臨清閣正枕君子亭の近くにあるので一度に見ることができます。バスやタクシーを利用し法興地下道前で下車。地下道を渡るとすぐ左に国宝新世洞七層塼塔が見えます。塔の前には固城李氏塔洞派の宗宅があり、宗宅に向かって左側の道を3分ほど歩くと安東臨清閣正枕君子亭です。

位置

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オーディオガイド

韓国観光公社 オディ(Odii)による音声解説
臨清閣(イムチョンガク)と法興寺址(ポプフンサジ)七層塼塔(せんとう)
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台本

臨清閣と法興寺址七層塼塔は、韓国の燦然と輝く文化と悲しい歴史、その両方を併せ持っています。 文化財庁長を務めたことのある兪弘濬(ユ・ホンジュン)作家は、著書『私の文化遺産踏査記』の中で、臨清閣と法興寺址七層塼塔について触れています。その内容は、次のようなものでした。 「安東市の東を囲む洛東江川岸に日本による植民地時代のときに中央線の鉄道が敷かれたが、その鉄道は法興洞七層塼塔のぎりぎりのところに敷設された。洛東江をゆっくり見渡すことのできる麓に位置する固城(コソン)李(イ)氏宗宅と臨清閣君子亭(クンジャジョン)は、鉄道のせいでヘンランチェ(長屋門のように門に付いた下男下女が住む住居)を失い、今も汽車が通るたびに地響きを伴う振動と騒音に耐えているのだから、その劣悪な環境の中で国宝と宝物が苦しんでいる姿を見ていると、残念でならない」 独立運動家であり、大韓民国臨時政府の初代国務総理を務めた石洲(ソクジュ)・李相龍(イ・サンリョン)先生の生家として知られる臨清閣は、韓国最古の住宅です。この家は1515年に刑曹佐郞(ヒョンジョジャラン)を務めた李洛(イ・ラク)が建てたもので、500年前の姿をそのまま残している邸宅で、宝物に指定されています。 本来は「99間の家」と呼ばれましたが、日本による植民地時代に日本によって不穏で不良な朝鮮人が多数生まれた家だとされ、中央線の鉄道を敷設する際に50間だけ残し、ヘンランチェと付属建物が撤去されました。今でも十分堂々とした構えですから、本来どれほどの規模だったか、想像に難くありません。現在、この古宅は多様な体験プログラムが行われていて宿泊も可能なため、珍しい宿泊体験がしたいと思う多くの来訪者が訪れています。 臨清閣のロケーションも独特です。国宝の法興寺址七層塼塔がすぐ近くにあります。塼塔(せんとう)とは、土の煉瓦で築かれた塔をいいます。法興寺址七層塼塔は、8世紀頃の統一新羅時代の塔と推定されています。法興寺址七層塼塔と呼ばれる理由は、ここに法興寺(ポプフンサ)という寺院があったと推測されているためです。 法興寺址七層塼塔は、高さ17m、基壇の幅7.75mで、韓国最高で最大の塼塔です。基壇は1層で平面は方形ですが、現在は地表に八部衆像または四天王像を浮き彫りにした花崗岩の板石が1面に6枚ずつ立てられており、南面の中央には階段が設置されています。 現在、法興寺址七層塼塔の横にあった鉄道を移設し、この塼塔は全面的に解体され、補修が行われる予定だそうです。2025年までに臨清閣復元事業を終わらせ、その後、塼塔の全面補修に取り掛かる計画だといいますから、今後、考証を経て昔の法興寺址七層塼塔を直接見ることができそうです。

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